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中国・温州の昨今 |
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植村 昭 昭和27年 商卒 |
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株式会社ウエムラ 植村 昭 |
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今年7月に起こった中国新幹線の脱線転覆事故現場として、世界中にその名を広めた浙江省温州市は、上海の南、約300キロにある南シナ海に面した人口800万を超える産業都市だ。繊維、家具、プラスチック製品、メガネ、そして靴・皮革製品など軽工業品の製造・輸出が盛んで、私の会社が取り扱う靴履物の関連企業だけでも約4300社あり、「中国の靴の都」と呼ばれている。社員がひんぱんに出張し、私も年数回訪れる。 その温州の空港に到着すると、先ず出迎えの車の列に圧倒される。BMW、ベンツ、その他の高級車がずらり揃う。中国の関税はぜいたく品に高く、日本の3倍ぐらいの価格になるはずだから、半端な金額ではない高級車のオンパレードなのだ。昔から浙江省の人間、中でも温州人は金儲けと蓄財に長けているという。国内各地はもとより海外にも早くから商業移民として渡り、いまやその数38万人。ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、オーストラリアと広がり、その土地に住み、その国に同化し、勤勉に働き、蓄財に成功している。また、中国各地でビジネス活動をする温州人も150万人を超えている。これに貿易拡大、好景気が重なり、高級車どころか、不動産バブルのはしりの時期にジェット機をチャーターして中国国内はもちろん、東南アジア、中東ドバイなどへ不動産の買占めツアーを組んだことが以前、報道されていた。そんな経済特区、温州だが、最近では人件費の高騰と金融問題に揺れている。殊に、中小企業はこの1年で人件費と原材料のコストが20%アップ。温州地区では過去長い間、慣例で通用してきた年1回もしくは2回の人件費決済が通用しなくなり、保険料も加算されるようになってきた。材料支払いも信用さえあれば年1、2回の支払条件でも良かったものが、近代化により毎月の現金決済になり、今はどこの企業も運転資金を確保するのに躍起。最近では、原材料を確保するにも現金決済が前提となっている。金融事情は、昨年からの金融引き締めの影響もあって、民間金融の平均金利が25%と過去最高水準になっている。それでも運転資金に苦しむ借り手は後を絶たないという。中国では現在、4千万社以上の中小企業がひしめき合い、国内総生産(GDP)の6割を担っている。また、雇用の8割を支えているとされる。しかし、原則的に中国の中小企業は国有商業銀行からの融資を受けられず、小額ローン会社のシステムが中小企業を支えている。そんな金融の構造が、非合法な高利貸しの横行を招き、あるいは、国有金融機関から融資を受けたお金を高利で貸す国有企業も現れているという。結果、高利貸しの取立てが引き金となる中小企業の突発的な倒産を生み、富の偏在化、貧富の差が広がり……そして、バブルはやがて弾ける。そんな危うさを強く感じる産業都市・温州の昨今である。 |
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2010.5月 |
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☆ JUST IN CHINA ☆ |
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久しぶりに遊び心一杯の旅の機会が来た。遊び心と言ってもささやかなもので、最近は気の合った仲間と趣味のカメラ持参で景観を楽しみ、少々の旨い酒と食事と語らいで充分満足している。 今回の旅は『桂林』可笑しなもので何時も行く願望があったのだが、直前になってトラブルが出てしまい ようやく長年の願望が実を結んだ。 私の印象の中での桂林は、絵画や写真を通じてしかない、常に墨絵の世界であり、稀に緑の山々が川面に映る風景は、何か自分の中では桂林のイメージから離れたものでしかなかった。 今回のメンバーは家内、弟、従兄夫妻、友人、中国サイドでは取引先の陳夫妻、ミオ夫妻の10名のツアーになった。通訳・ガイドの陳夫妻は日本語が堪能であり、何より陳夫妻の従兄妹の葉さんが桂林の観光課の副所長でありかねてからのお誘いをうけていたのである。 |
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桂林について予備知識が無かった事もあって、少々の違和感があったが、桂林に到着後初めての観光が鍾乳洞「芦笛厳」だった。 何故桂林で洞窟なのか?しかしいざ中に入ってみるとまさに驚きの一語につきた。 鍾乳洞の規模の大きさは無論の事、形状の異常、多彩さに驚愕してしまう。所々にライトアップされているのだが、其処は地下帝国であり、異次の世界になっている。しかし残念ながらライトアップの色彩は我々の感性には無いものがある。 |
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桂林空港にて |
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洞窟の最地底には大きな池があり、その前に広がる広場には 噴水が点滅し、明かりと供にシンセサイザーのリズムと共鳴 して踊り狂う、これは素晴らしい異次元の中の美しい光の モニュメントで楽しいひと時を満喫したのである。 |
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芦笛厳で寄り添う・・・ |
芦笛厳の入り口 |
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桂林の街に入る。桂林にはいろいろな魅力がある。中国西部の一隅の街には違いが無いのだろうが、この約2、000年の歴史を持つ古都が面白く綺麗なのだ。 店舗の規模も大きく、街路の広い、また行き来する人達も海外からの旅行者が多い。一見メキシコやスペインの街並みに見まがうってしまうかもしれない。 我々の宿泊する桂林シェラトン・ホテルは巨大の一言だ! 私の記憶の中でもその大きさは一寸類がない。7階建ての中央の部分が吹き抜けになっていて、大きな空間が構えており吹き抜けで下のレストランや各階の通路まで軽く一望できてその設備もなかなか上々である。 |
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象鼻岩(ゾウビザン) 芦笛巌の鍾乳洞で幻想の世界から一転して象鼻山は自然が創りだした景勝小山の上は頭から、左側の形状は鼻の部分を指し、象が鼻を漓江に入れて水を飲んでいるように見える。 又この後ろ側は象鼻山公園になっていて、観光客の散策の場所になっている。 我々の宿泊したホテルから5分程の距離で、筏船の観光船や筏の上で鵜とのツーショットで良いフォトスポットになっている。(ただしエサ代か有料5元だったか・・・・) ちなみに一見仲の良い夫婦の右は家内です。 |
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像鼻山にて鵜とのツーショット |
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両港四湖(りょうこうしこ) これは古くから自然の城濠とされていた桂林の市内を流れる二つの川と四つの湖が近年結ばれて船で行き来できるようになった。 川と湖の水位は異なるが、水門により乗船したまま通過できるようになっており、「水の都桂林」の魅力をクルージングで堪能できるようになっている。 古い銀製の唐塔のライトアップが工夫されていてあっというまの60分であった。 ホテルに帰り一服する間もなく夜の桂林の探訪に出かけると、道路も広く綺麗で所々に英語の店名やメニューが出ていたりする。 突如としてタンゴの小気味良い調べが流れてくる店があったので入ると、道路に面してオープンカフェというと一寸いい表現だが、とにかく道路に面した店があり、道路まで机と木製の椅子が並んでいる。 そこに金髪の外人や現地の若者達がたむろしているので、何か不思議な雰囲気なのだ、少なくても中国的ではいない。其処がいいのかもしれないが、とにかくジントニックと地元のカクテルを頼む、これもまた不思議な雰囲気の中で飲むカクテルは旨く感じたのである。 |
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両港四湖のナイトツアー |
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翌朝ホテルから車で40分漓江巡りの出発点 竹江(ちっこう)埠頭に向かう。流石にVIP待遇してくれたお陰で乗船口も一般とは別で、胡錦濤やクリントン元大統領の記念写真が飾ってあった。港には大きな観光船が数席待機していた。やがて順番に縦に並び出航すると桂林の眺めが目に飛び込んでくる。林立する奇峰の間を漓江が蛇行してゆく、それが一幅の名画になっている。桂林の上から景色は着陸する機上からも見ることができる。それは巨大な手作りのおろしがね、それも大小様々な凹凸の中を一本の水脈が流れているようにさえ見えた。しかし実際に川の流れに沿って船の上から見ると、その量感にはほとほと圧倒されてしまう。視線の中に入る峰みねのその先にはまだうっすらと煙が棚引く山々が続き、一つ一つ異なった景感が景観となっている。 |
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我々の乗っている観光船の廻りに小さな筏のような 小船が纏わりつくように漕ぎ出している。 目線の高さもあるが、もっと水面の近さから見る景色 はまた一風変わったものになると思った。 途中に小さな港が散見する。その港からの船だと思うが次回は途中下船し小さな港町のホテルにでも泊まり、小さな筏船をしつらえ山から注ぎ込む支流に遡上してみるのも一興かと感じた。 |
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オーストラリアの小母さん達とのツアーが同船している。 同行のカメラマンの女性がこれまた実にカッコイイ! 良いカメラを持っているなと思っていたら、動きが良い私たちにもシャッターを押していたので、儀礼的に彼女達にもカメラを向けてシャッターを押したら、陽気な小母さんグループはキャーキャー笑い声をあげていた。 山裾に少し広場があると畑が見えて人家が散見する。木々の緑は様々な色彩のハーモニー、それに桂林の特長というのか大きな竹の叢(ムラガリ)がある。風が吹く度に緑が揺れ、川辺に州がある。放牧された馬が、次の州には水牛がいて、大きな自然の中で結構計算された自然風景が上手に構成されている。 |
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実際に水面近くの視点から見る山々の景観は どんなものだろうと推測すると、きっとそれは 今の船の上から見る風景とはもっと大きく眼前一杯の広がりの中にあるはずなのだ。府瞰にしても仰観にしても一寸した角度の差で随分景色の違いが出てくる、山の峰峰の前にあるあの竹薮の叢の塊にしてもっと身近に見えてくるだろうし等と、次回にここを訪れる際の期待感に襲われるのである。大きな船が進むにつれて波紋が広がり、その波紋に驚されたように揺れ漂う小船がある。釣りでもしているのだろうか?と老人が一人で乗っている。近くで写してみたら?等と連想しきりだ。 |
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桂林から下流の陽朔(ヤンソー)の街には洋人街(西洋の人々が昔住んでいた)がある。この土地は以前から西洋と交流があった事が判る。陽朔近くなる。小さな川が流れ込むというか所々で合流している。そうだ!こんな支流の小さな流れをさかのぼってみたらもっと面白いのかもしれない。少なくとも我々は今回初めての桂林行である、中国の誇る桂林のほんのハシリに感動しているのだろうと思う。中国は何処に行っても、奥が広く、際限無い興味があり、梅雨の時期や紅葉の季節はどのように変化するのかと思う、写真好きの友人達と1週間も居座りカメラの旅行を企画してみようかと思う。 |
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宿泊した陽朔河畔ホテル |
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陽朔(ヤンソー) 漓江下りの終点 陽朔は桂林市に属する県(日本の郡)桂林から陽朔までは、陸路で約60km、水路では約80km、桂林は大きな街で、我々が抱くイメージとしては山水画に近い風景がすぐ目の前にある。宿泊した「陽朔河畔ホテル」は香港資本未だ建築途中というが、3階建てで実に素晴らしい!桂林の山々を借景にしての全ての窓、また柱も風景にマッチして建てられている。ホテルの前庭に出ると川岸の竹叢の間からすぐ側を流れる遇龍河(漓江最大の支流)が見える。対岸には農家が散見し、その向うには奇峰が連なっている。 夕方の一刻に遇龍河を下ってくる小さな船が絶え間なく続き、二人から数人の乗客と船頭、この船で上流にさかのぼるのも一興かナと思った。 街のメインストリートは西街(洋人街)旅館やショップ・レストラン等が軒を連ね観光客がごった返していて、家並みは南方の家屋の様式を残している。石畳の道と相俟って周囲の景観とも違和感が無い。 何よりも面白いのは英語のメニューや看板がやたらにある事だ。これは西街が今のように大観光地になる以前から西洋人が多く滞在していたからで、別名の洋人街の所以でもある。ピザやハンバーガー等、洋食のメニューも多く英語が通じる店も多いという。 欧米人には人気の観光地と言うのもうなずける筈である。 そんな訳で夕食も素晴らしく堪能し、食後には車で夜の部の観光「劉三姐ショー」に出かける。 |
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「印象派劉三姐」実景ショー 世界最大の屋外でのショーである。これもまた度肝を抜かれる水上ショーだ!{HERO}等の国際的な北京オリンピックの監督をしたチャン・イ・モウ映画監督の演出によるもので、舞台は漓江に設けられた12の山(2k離れた山までライトアップ)客席が3,000人を越える。白髪三千丈の譬えで急には信じられないが、会場への道のりには大型バスの列が続く、勿論ラッシュでホテルから30分の距離が車で埋め尽くされ、バスの駐車場からは10分程の距離だが人々人々延々続き、ライトアップされた山々、前を流れる河・チワン族に伝わる伝説の歌姫を題材としたラブストーリー、約600人の役者が参加し、70分のパフォーマンスは言葉が解らなくても充分に迫力が伝わってくる。出演者のほとんどが地元の漁師や村人達で踊り子達は張芸謀芸術学校の生徒達、水牛、鵜までも出演する。出演者は勿論だが、水牛や鵜、犬達にまでも出演料は支払われる。目の前一杯に広がる川面に船が左右にライトが変わる。驚いた事には民芸風ではなくシンセサイザーで曲に乗っての群舞、ライトが体に付いているが調べにスローに又ダイナミックな踊りを見せてくれた。大自然の中に計算しつくした演出で3,000人の観客の目を楽しませる。イ・モウ監督は指示だけで、実際には弟子が協力して作り上げたという。言葉や文章で表現するには、余りにも大規模で桂林旅行の際には一度はご覧になる事をお勧めしたい。 |
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弟の大治と 陽朔(ヨウサク)にて |
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桂林の紹介書として、今回 葉氏のガイドの一文を後記します。 <桂林概略> 三億年前桂林は海の底二億五千年前頃からか海底が隆起し陸地になった。典型的なカルスト地形のため様々な形の山々が 作り上げられている。秦の始皇帝から2千年以上の歴史を持つ古い都で中国の中でも観光都市として有名である。唐の時代日本に仏教を伝えて、帰化した鑑真和尚も滞在したという。 桂林は『山水は天下に甲たり』と言われる程に美しい景色を持ち、風光明媚と歴史文化の街として中国は元より世界中でも有名です。桂は中国では「金木犀」のことを云い、桂林は金木犀がいたる所に多いので桂の林という名がつけられたようです。 桂林を代表する木は「桂樹」花は「桂花」であり、山水は「山が青く、水が麗しく、洞窟が麗しい」 という四つの特長を持っています。 |
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編集後記 *「桂林紀行」は今年2月に掲載する予定でしたが、3.11東日本大震災等諸般の事情により本日まで延期する事となりました。小生の趣味の一つ写真(風景画)ですが、500枚以上の中から今回は特によりすぐりを掲載いたしました。 |
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陽朔にて |
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陽朔のお寺兼レストラン |
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ホテルの玄関 |
ホテルでの食事風景 |
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劉三姐実景ショーの入り口 |
葉さんの家に招かれて |
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JUST IN CHINAV 商高27年卒業 植村 昭 |
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ある若い中国の経営者に中国のバブルについて質問すると、到底このままでは進めず、どこかで必ず破綻すると言う。ただ中国人はしたたかであり日本と違いアメリカの思うようには行かないだろうと自信たっぷりに言っている。 日本をよく知っている経営者の彼は、ヨーロッパに旅行して帰国し「一番怖いのは、中国に宗教が無いことで、アメリカでは大統領の就任宣誓式には右手をバイブルの上に置き、左手で挙手して宣誓する。ヨーロッパにはキリスト教があり、アラブにはイスラム教、日本には仏教がある。中国に道教はあるが、仏教は通りすぎてしまった。最終の日本で発達した仏教の教えは中国では根付くことが無くあくまで通過国でしかなかった。他の諸国は宗教を持っている。人間の内部にあるおそれを宗教という信仰で行動を律している。宗教の無い中国では貧しかった当時はそれほど気にならなかったことが、ここにきていっぺんに吹き出してしまい、欲望への押さえが無くなっている。これは本当に怖いことだと思う」。そして「もはや上海・北京・重慶の近辺では、庶民が家を持つことは、とうてい夢のまた夢であり、考えることさえも不可能になってしまった」と憂いている。 恐ろしい「食」への不満 中国は今の経済成長路線を維持するために約60兆円の国家予算を組んでいる。 GDPは日本を抜いて世界第二位になり、高速道路や新幹線、空港の拡大、都市における高層ビルの乱立、更に沿岸から内陸に政策路線を転換している。 高度の経済成長は素晴らしいが、日本を始め諸外国の最大の魅力であった安い人件費の魅力は無くなってしまった。 上海近郊の労働賃金が約20%アップ、内陸部の安徽省での産業力向上で都市部に出て行く必要がなくなり従来の雇用形態がどんどん崩れて、地方の生活水準も向上している。 しかし、一方では溢れ出た資金が各種商品の買い占めにまわって、物価騰貴が異常になっている。 2008年から2年後の10年までに、米18・6%・小麦13・5%・りんご44%・ピーマン50・1%・ニンニク50・8%・羊肉24・5%と著しい値上がりとなっている。ニンニクは貯蔵しても発芽が遅いので、買占めにむいている。また何より不評は国営企業が農家から買占めた膨大な量を備蓄して、値上りを助長しているし、自分達で利益をあげている。こんな風評があながち風評でなく真実性をもって語られる。「当然そうだろう」と皆が納得してしまうところに中国の怖さも感じられる。 歴史的に見て中国が所得の格差、発展の格差の中で暴動が起こらなかったのは食にあると思う。飢えさえなければ中国の人は穏便であり、格差や矛盾もこれは此処に生まれた自分だから仕方が無いと自ら慰めてしまう。しかしこの値上がりした食に対する不満が募ってくると、政府も安閑としてはいられなくなっている。 一時的な日本叩きの沈静化 現在、中国共産党党員は約8、000万人と言われている。勿論党幹部は権限を持っているから、政財界の主要ポストは共産党員で構成され、子弟や親族など縁戚関係を入れると際限がない。 時々官僚の不正が暴露される。極刑の死刑判決が公表される。報道規制をしている中国だが、こうした報道は見せしめ刑だから、むしろ極端な報道ぶりだ。 テレビに映る不正蓄財のシーンは、思わず目を見張るようだ。まさに常軌を逸した蓄財(貴金属も含めた)ぶりである。 「テレビを見ている人達の、庶民感覚ではこれは普通でまだまだあるよ、見つかったら仕方ないね!」この位の感覚しか示さない。 以前と大きく異なってきたのは、一般国民が政治に関する発言をしても、即刻逮捕→刑務所では無くなっているが、しかし煽情活動と見なされるとこれはもう一大事、何しろ相手は中国共産党である。 生半可な解決では追いつかないことは百も承知であるし、即極端な罰則が出ても全く不思議なことではないのである。 以前にも触れたが、中国は内部に貧富の格差という大きな不安を抱えながら、前進、更に前進中である。 日本叩きが沈静化しているが、これは3・11の東北大震災、これに続く福島原発事故によっている。 尖閣諸島・南シナ海の領有権、事あるごとに日本製品のボイコット、更にデモ行進、これらは政府主導と思われるもので、日本問題は中国内部のエネルギーの分散化に役に立っているから、少し騒ぎすぎても問題視されない。 中国や韓国は共に輸出に力を入れており、日本はその首位の座を後進国に奪われている。 しかしどのような先端技術を持った自動車や電化製品も日本の精密部品がなければ存在しないことも事実である。 今回の大地震・津波による被災地のいち早い復活と福島原発の事故処理を早め、放射能汚染の広がりを止めること→これらの早期解決こそ、日本がこれから世界に信頼される国となることは明白である。 |
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JUST IN 商高27年卒業 植村 昭 |
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上海にて 陽春、桜の花も満開の季節に入ったが、不況の日本経済に明るさはまだ見えない。 仕事柄中国によく行くので、報道と実際が違っている場合がある。そこでビジネスの合間に出てくる情報としてお伝えしたい。 経済成長の目覚ましいアジアの中で、殊に中国の驚異的な経済成長には目を見張るものがある。 以前中国の話題が出ると、中国の発展はオリンピックまで、よくても万国博覧会までと、評論家や経営者や中国通の人たちの間で出ていた。 しかし、今や中国は世界の下請け工場の立場から、生産国、工業国へと大転換を遂げてしまった。又世界各国から資金流入、技術投入で飛躍的に発展を遂げた。世界の生活関連の商品は身の回り消耗品から自動車、コンピューター産業まで世界に進出している。これはもう世界中の産業は中国無くしては語れない、抜き差しならない状態と云っても過言ではない、もし中国が不況で不安定になるとしたら、世界中が大混乱になることは必至である。 驚異的な経済成長 ここ数年の中国の経済成長の伸び方は目覚ましく、2008年のGDP比較(IMF為替レート)では日本に肉薄している。 中国は「GDP8%成長を確保」が今年度の課題であり、900万人の雇用、失業率4・6%、消費者物価指数3%以内を目指している。昨年の経済不安の対応は、外貨預金等国内外に金融余裕があっての政策で無事に乗り切った。 反面、利に敏い中国人の常で、不動産の買い占めに走っている。ドバイの不動産買い占めツアーでは一人当たり30億円の買い物をした。まんざら嘘ではない。金融が緩和したので、不況は避けられたものの、不動産の高騰で一般庶民には不動産はもう高嶺の花の状態になっている。 政府はここにきて国営の大手デベロッパー77社に不動産の買い入れの凍結命令を出した。 元の切り上げ 温家宝首相は今アメリカに支配の影響からの元の切り上げは無い、と発表したが、大きな流れから見て元の切り上げのタイミングは早くなってくるであろうと言われている。 労働力・人件費について 14億人を超える中国は豊富な労働力が定説になっている。その中国のイメージが変わりつつある。一人子政策、地方の活性化、農村―農業への税制援助で従来の工業地域への復帰状態が非常に厳しくなっている。事実今年の春節開けの、労働者の集まりが悪く、年明けの生産が出来ず1週間納期がずれ込んだ。納期問題がシビアな商品はAIR便で送り、その費用が莫大な金額で困っている会社も多い。 万国博覧会 会期は5月1日から11月まで6カ月。 今回帰途に会場の建設地に寄って見たところ、すぐ脇の蘆浦大橋(ロープダーチャオ)からの工事中の万国博会場をみるバスツアーが列を作って待っている。8時30分のオープン36元の入場料を払ったツアー客は2基のエレベータに乗って橋上まで登り、徒歩で橋を渡る。驚いたことに橋の上部の曲線(幅が広く歩けるようになっている)の上の部分の階段を昇り建設中の万国博会場を見ながら、対岸に降りる。地上には自分たちのバスが待機している。 橋から水面まではかなりの高さがあり、更にその上の高さは高所恐怖症でなくても足がすくむ。しかし当然のように老若男女全てが渡りきっている。 近くには行けないので橋上からの遠望になる。上部が円錐形上の部分のような中国館が何といっても大きい、完全に他を圧している。 日本館の屋根の上には2本の角があるといわれても見えない。 中国が自国のパビリオンを国力示威で巨大な建物にした、とも云われている。 JUST IN CHINAの話題はますます豊富。旅、写真と、安田学園同窓会のホームページに時折寄稿させて頂きます。 |
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