『夢』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平成22年普通科進学選抜コース卒

 

 

益原 大亮

 

 

 

 

平成2912月、私は弁護士となりました。高校3年生のときに弁護士を目指しそうと思ってから約8年、今思えばとても長い道のりでした。

私は、平成19年4月に安田学園高等学校に入学しました。当時私は卓球選手になりたいと強く思っており、同校に進学したのも、卓球強豪校であったからでした。入学後、勉学を第一と考える両親の手前、学校の勉強を一応こなしながら、ほぼ毎日卓球部の練習に励みました。優秀な選手が多いなど練習環境が良かったことから、私も入学してすぐに実力が向上し、1年生からレギュラーとして団体戦に出させてもらい、全国大会にも出場できました。最初の1年間は、「このまま実力が上がっていけば、卓球選手になれるかもしれない」と思い、自身の卓球選手としての将来にとても期待しました。

高校2年生になり、そのときはやってきます。思うように実力が向上していかない。試合に負けることが多くなった。1年生のときのひたむきさが失われていく。私は、卓球に関して、自分の限界を感じるようになりました。そしてあるとき、「自分は卓球で食っていける側の人間ではなかった。卓球選手にはなれない」と思い至り、卓球選手としての夢を諦めることにしました。もちろん、卓球自体は好きでしたので、卓球は続けていましたし、レギュラーも任せてもらっていましたが、自分の将来を見失うことになったのでした。

高校3年生の夏の大会が終わって卓球部を引退し、受験勉強を本格的に始めることになり、それに伴って自分の将来も考えるようになりました。当時、ふと冤罪事件を扱った番組を見ていたことから法律の世界に興味を持ち、また司法制度改革によって昔に比べて司法試験に通りやすい時代になっていたこともあって、漠然とではありますが弁護士になりたいと考えるようになりました。それからの私は、法学部のある大学への進学を目標に受験勉強に励み、青山学院大学法学部に入学することになりました。

大学では、法学部の授業と併行して、司法試験受験予備校に通い、法律の勉強を積極的に行いました。もちろん、大学に入学してからも、体育会卓球部に入部して卓球を続けていましたが、それは高校時代の未練があったことが根っこにあり、やはり夢だった卓球選手になれなかったことを引きずっているところはありました。

大学卒業後、早稲田大学の法科大学院に進学することになりました。法科大学院では、卓球すらほとんどやることなく、毎日朝から晩まで法律の勉強にどっぷりでした。たしかに、卓球ができなかったことは辛かったですが、この頃になると法律という学問のおもしろさに気づき、また弁護士として生きていきたいという気持ちが強くなっていたこともあって、「今は弁護士になるため勉強一筋で行こう。卓球は司法試験に合格してからでもできる。」と決意しました。弁護士が第2の夢となった瞬間でした。

法科大学院卒業後、その年の司法試験に合格し、1年間の司法修習を経て、平成2912月に晴れて弁護士となることができました。私は、第2の夢を叶えることができたのです。

たしかに、夢を持つと、その夢が強い思いに支えられているほど、叶えられないとわかったときの悲しさは大きいです。私自身、今でも第1の夢であった卓球選手に未練が残っています。しかし、他方で、夢を持つことは人の原動力になりますし、夢を叶えることができれば、その先には素晴らしい人生が待っていると思います。私も、第2の夢として、弁護士になることができ、弁護士としてこれからどんな仕事ができるのか、とてもワクワクするとともに、自分の好きな職業で生きていけることに幸せを感じています。

私は、青年時代に、夢を持つことの怖さも叶えることの素晴らしさも味わうことができました。今後は、後輩たちに、現実と希望の両面を伝えていける大人になっていければと思っております。

以上