安田ナイン 夢舞台に初登場!

 

 

最終回での死闘も及ばず惜敗

 

 

晴れの開会式に臨む

 第85回記念選抜高校野球大会が3月22日、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で開幕した。球場では開幕を祝うように、朝から青空が広がった。午前9時、開会式の幕開けを告げるファンファーレが轟きわたると、東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」に合わせ、前年優勝校の大阪桐蔭を先頭に、南から北の順番に各校の選手たちが入場。はつらつとした行進でグランドを一周する。

 春の暖かい日差しがグラウンドに注がれる中、校名が場内にアナウンスされ、ついに安田学園の選手が晴れの舞台に姿を見せる。新調したユニホームに身を包んだ安田ナインは、校名の記されたプラカードを持つ内山晃太カ君を先頭に、センバツ旗を手にした渋谷大輔主将、選手たちが続いた。大きなかけ声に合わせて、ひときわ高く腕を振り、力強い足取りでしっかりと甲子園の土を踏みしめる。

 出場36校の選手すべてが外野の芝生に整列を終えると、突然、花火の炸裂音が鳴り響く。それを合図に、選手全員が内野を目指して行進を開始。ダイヤモンドの内側に集結すると、「君が代」独唱にあわせ、国旗の掲揚が行われた。

大阪桐蔭の森友哉主将、光星学院の吉田慎司主将による優勝旗、準優勝旗の返還があり、選手宣誓では、鳴門高(徳島)の河野祐斗主将が「困難と試練に立ち向かっている人たちに、大きな勇気と希望の花を咲かせることを誓います」と力強く述べ、大観衆から盛大な拍手が送られる。開会式後の開幕試合では、敦賀気比(福井)と沖縄尚学(沖縄)が対戦。13日間にわたる熱戦の火蓋が切られた。

 

初陣の硬さか

 大会2日目の3月23日、甲子園初出場の安田学園はこの日の第4試合で、岩手県の盛岡大学附属高等学校と対戦、午後3時45分プレイボールとなる。安田陣営が占める三塁側アルプススタンドは、今大会初の超満員。3千5百枚のチケットは完売され、応援団の一部は一般内野席にまで溢れ出る。手にするオレンジ色のメガホンで埋め尽くされたその眺めは、正に壮観そのもの。

 一回表安田は、あっさりと三者凡退、たったの8球で攻撃を終える。その裏、盛岡大付の先頭打者が放った打球は平凡な一塁ゴロ。一塁手の深見俊介君がしっかりと捕球、ベースカバーに入った投手の大金真太郎君に送球するも、これが暴投になってエラーが記録される。堅守を誇り、無失策を不文律とする安田にとって、何とも苦い船出になった。

 安田は二回表1死後、5番で捕手の小山新次郎君が一塁線突破の二塁打を放つが、後続が凡打を連ね無得点。盛岡大付はその裏、2死二塁のチャンスから8番打者が右前にヒットを放つ。二塁走者が一気に本塁を突くかに見えたが、右翼の強肩、本宮佳汰君が本塁の捕手めがけ、矢のようなダイレクト返球を披露。走者は慌てて三塁ベースへ。本来の安田らしさがやっと出て、大金君も気をとり直し後続を断つ。

 安田は三回表、ここも三人で攻撃を終える。実に淡泊で日頃の粘りが発揮できない。一方投手の大金君は、相手打線をこの日初めての三者凡退に斬ってとる。一、二回は直球の制球力が今一つであったが、調子は徐々に上向いてきた。

 

試合が動く

 序盤は明らかに盛岡大付が優勢であったが、安田は四回表、先頭の2番百瀬文哉君が三遊間を鋭く破るヒットで出塁。次打者がスリーバント失敗で1死になるも、4番深見君が真ん中やや高めの直球をコンパクトに振り抜くと、ボールは低い弧を描いて左翼のポールぎわに飛び込んだ。先制の2点本塁打に、三塁側アルプス席の安田応援団は、これまでの鬱憤を晴らすかのような大歓声。学園歌の大合唱も始まった。

 その裏の盛岡大付の攻撃。1死後、5番打者に左前打、6番打者には左中間突破の二塁打を放たれ、1死二、三塁のピンチを背負う。次打者を空振りの三振に仕留めた2死二、三塁の場面。8番打者が一塁方向にファウルフライを打ち上げる。これでピンチ脱出かと思ったその瞬間、一塁手の深見君が打球を見失う。夕刻が迫り、暮れなずむグラウンドは光と影が交錯。上空の飛球は特に見極めが難しい。ボールの行方を見失ったまま、ついに捕球できず。生き返った打者は、これで精神的な縛りから解放されたかのように、センター前に2点タイムリーを弾き返す。同点となって、試合は振り出しに戻った。

 五回以降は、盛岡大付がやや押し気味に試合を進めるが、安田もエースの大金君が要所で踏ん張り追加点を与えず、終盤勝負の接戦となった。スモールベースボールを標榜する安田にとって残念だったのは、六回と七回に走者がけん制死するミスが二つもあったこと。

 

最終回での死闘

 2対2の同点で迎えた八回裏、盛岡大付は先頭の3番打者が、ファウルに続く2球目。大金投手の高めに浮いたカーブを振り抜く。伸びた打球は左翼スタンドに深く突き刺さり、ついに均衡が破られる。

 2対3と1点のビハインド。敗色が濃くなった九回表、それでも安田は執念を見せる。先頭打者でキャプテンの1番渋谷君が右前に痛烈なヒットを放って先ず出塁。ここで2番百瀬君が投前にきっちりバントを決めて、走者を二塁に進める。だが期待の3番、寺澤潤君が敢えなく3球三振に倒れ、安田は2死二塁の崖っぷちに立たされる。

 ここで打席には、四回に先制本塁打を放った4番深見君が入る。三塁側アルプス席に陣どる安田応援団のボルテージは上がり「深見!深見!」の大声援。1ボールからの2球目。外角高め速球に逆らわず、みごとライト方向へ流し打ち。打球は右翼線を突破、適時二塁打となって3対3の同点にした。

 土壇場で追いつかれた盛岡大付はその裏、途中出場の先頭打者が右前打を放って出塁。次打者が手堅くバントで送り、1番打者の中前ヒットで1死一、三塁とする。1点もやれず、追い詰められた安田は、内野が前進守備を敷く。

 ここで、相手の2番打者が三遊間の深いところへ難しいゴロを転がす。三塁宮原和希君がグラブを出すが捕れず、カバーに入った遊撃小山拓哉君がよく追いつくも、このボールをファンブル。これを見て三塁走者がスタート。小山()君はこぼした球を素早く拾い、本塁で待つ捕手の小山()君へ送球。だが、わずかに及ばずセーフ(公式記録:内野安打)、サヨナラ負け・・・・・。

 

戦い終えて                                                  

 遊撃手の小山拓哉君と捕手小山新次郎君は双子の兄弟。試合後、しっかりさばけなくて情けないと自分を責める拓哉君に、新次郎君は「よく止めた!責められるか」。そう言って泣き崩れる兄をかばった、という。

 四回に左越えの先制2ランで試合の主導権は握った。さらに1点リードされた九回2死から、右翼線適時二塁打で追いつく粘りもみせた。しかし勝利には届かず、ナインは悔しさをかみしめ、初めて経験した夢舞台を後にした。

 安田は得意技のバントを封じられ、堅守の崩れや走塁ミスも散見されるなど、初出場の硬さから抜けきれなかった。森泉弘監督は試合後の会見で「九回まではリズムに乗れず、いつもの野球ができなかった。練習してきたバントがうまくいかず悔いは残るが、初の甲子園でこれだけの試合ができ、選手たちはよくやった」と、毎日新聞の山崎征克記者に語っている。

 対戦相手の盛岡大学附属高校は、これが10回目の甲子園出場。過去9回は、いずれも初戦で涙をのんできた。その学校が今日は大接戦を制し、みごと甲子園初勝利を飾った。心から敬意を表し、エールを送りたい。

文責 編集部・満岡

 

 

 

 

 

 

 

 

開会式の開幕を告げる花火

大阪府音楽隊

 

 

 

 

選手入場行進前の準備

 

 

 

 

入場する安田の選手@

入場する安田の選手A

 

 

 

 

応援団席にお礼の挨拶@

応援団席にお礼の挨拶A

 

 

 

 

敗退後ペンチに戻る選手@

敗退後ペンチに戻る選手A

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同窓会台東支部

 

 

 

 

同窓会墨田支部

 

 

 

 

父兄の皆様

野球部OB

 

 

 

 

 

 

一本の電話から、夢舞台は始まった!

 

 

春の甲子園、第85回記念選抜高校野球大会(日本高野連、毎日新聞社主催)の出場36校を決める選考委員会が1月25日、大阪市北区の毎日新聞大阪本社で開かれ、東京地区からは秋季東京都大会優勝の安田学園高等学校と、同準優勝の早稲田実業高等学校の二校が選ばれた。安田学園は春夏通じて初の甲子園出場。これは本校が長年果たせずにいた悲願であり、当校の創立九〇周年を飾る壮挙となった。 この日、選考委員会は朝の9時から開催され、すでに選考作業に入っていた。選出された学校には、午後3時から順次、電話で連絡が入る予定となっている。本校は昨秋の都大会で初優勝。選抜出場が確実視されてはいたが、正式に「決定」される日とあって、学校関係者はどこか落ち着かない。午後2時を過ぎて報道各社の取材陣が三々五々校内に詰めかけると、緊迫感は一挙に高まった。

 

 

 

 

高野連から電話が

 

 

1.選考委員会からの連絡

午後2時50分、鈴木行二学校長が報道陣とともに本館校舎1階の校長室で待機、選考委員会からの電話連絡を待つ。3時10分を過ぎても、まだ連絡は入らない。白い電話機の前に座った鈴木校長は、50名前後の報道関係者に取り囲まれたまま、どこか所在なげ。 3時15分、ついに待望の電話が鳴った。張り詰めた空気の中、おもむろに受話器を取り上げた校長は「推薦戴いたことを、ありがたくお受けしたいと思います。大変有難うございました」。吉報が届く直前は取材陣の多さにやや戸惑い気味であった鈴木校長も、出場決定の知らせを受けて満面の笑み。瞬く間に校長室は、学校関係者や報道陣の拍手で満たされる。 この朗報を携えて鈴木校長自らが、ユニホーム姿で待機する監督、野球部員らの待つ別室へ。吉報を待っていた47名の選手たちは、校長から選抜出場の正式決定を伝えられ、緊張で引き締まった表情を見せる。  込み上げる感動を押し殺しつつ、校長は「快挙を成し遂げた監督、選手に心からの敬意を表し、賞賛いたします。だが甲子園出場といったことも、長い人生の中ではほんの一つの通過点。今までと同じ学園生活を送り、クラブ活動の延長として甲子園で試合をするのだ、といった平常心でプレーしてほしい。今日は本当におめでとう」と熱く語った。

 

 

 

 

 

 

 

校長から野球部員へ報告

 

 

2.お祝いムード一色に

 選手たちのいる教室を出ると、鈴木校長は放送室へと急行。校内放送で全校の生徒・教職員に「選抜大会に出場校として推薦されたことをお知らせします」と報告。すると突如、本館と北館双方の校舎から「わあっ」「やったー!」といった大歓声と拍手が沸き起こり、校内が騒然となる。時を移さず、北館の外側壁面の一部に、毎日新聞社から届けられた「祝センバツ 安田学園」と大書された垂れ幕が掲げられ、学校中がお祝いムード一色に。 監督胴上げのため、選手47名全員が小走りで校庭に登場すると、熱狂は正に最高潮。グラウンドで待機していた大勢の生徒や学校関係者から、歓呼と声援で熱烈な祝福を受ける。校庭を囲むようにして建つ本館、北館の各階ベランダを埋め尽くした多くの生徒たちからも盛大な拍手喝采が。喧噪のルツボと化す中、かけ声と共に森泉弘監督の胴上げが始まる。監督が5回、6回と宙を舞った後には、満面笑みの渋谷大輔主将(2年)、無理矢理に引っ張り出された感のある鈴木校長の胴上げへと続いた。 つい先程までは緊張した面持ちの選手たちだが、この後も帽子を空に向けて一斉に放り投げたり、円陣を組んでは大声で檄を飛ばしたりと、喜びを無邪気に発散させる。無理もない。彼らはこの日を待ちわびながら、練習に励んできたのだ。 最後には選手全員で、安田OBの巨人軍・阿部慎之助氏の決めゼリフ「サイコー(最高)」を人文字で表し、締めくくった。

 

 

 

 

毎日新聞社から届けられた垂れ幕

校舎のベランダからも声援が

 

 

 

 

鈴木校長の胴上げ

渋谷主将の胴上げ

 

 

 

 

 

 

3.共同記者会見

お祭り騒ぎも一段落した午後4時過ぎ、校長室では報道各社による共同記者会見が始まった。就任4年目で、野球部を念願の甲子園へと導いた森泉監督は「野球はただ打つだけでは勝てない、といった私の信念を実戦してくれたのがうちの選手たち。感謝しています」と、にこやかな表情を浮かべ、更に「主将の渋谷君がチームを一つにまとめてくれたのが、ここまでやれる結果につながった。私たち指導者の考えを常に先読みし、他の選手たちを引っ張ってきてくれた」と讃える。「お陰で最近は、監督の私がサインを出さなくても、それぞれの選手が状況を判断し、小技を使った攻撃ができるまでにチームは成熟してきた」としみじみ。 取材陣からの「センバツまでに、やっておくべきことは」との質問に「うちのやる野球は変わらないし、又そんなに短時間で変えようもない。今までやってきたことの精度を高めるだけ」とキッパリ。「そのためには日常から俊敏な動作を心懸けるなど、私生活の面からも基本に立ち返らせることが必要。また普段通りの野球をするため、精神面での強さをもっと鍛えたい」と表情を引き締めた。 主将で二塁手の渋谷君は「うちはそんなに強くはないチームですが、打撃ではしっかりと次につなぎ、守備では堅実に守る、といった当たり前のことを当たり前にやってきた結果、東京大会では優勝できたと思います」と振り返り、「甲子園に出場するからには、単に出るだけでなく、勝ちを求めていきたいと思います。そのためにもセンバツまでに、チームがよりレベルアップできるように努めたい。自分たちの打率は3割に届かないかも知れないが、守備率では10割をと考えています」と頼もしい。 記者団から「甲子園での目標は?」と問われ、森泉監督が「一戦必勝という気持ちで戦います」と控え目に応じるも、渋谷主将はボソリ呟くように「優勝です」。一瞬虚を突かれたような面持ちで渋谷君の顔を横目で探る森泉監督の表情が、何ともほほ笑ましかった。 記者会見も終わった午後5時、選手たちはいつも通り千葉県鎌ヶ谷市の練習場に向けて出発した。

 

 

 

 

共同記者会見

記者から質問を受ける選手

 

 

4.いざ、本番へ

昨秋の東京都大会を終えてから約3ヶ月が経ち、選抜大会の開幕まで残り2ヶ月弱。春に爛漫の花を咲かせられるかは、これからの取り組みにかかっている。 選手たちは現在、冬の厳しいトレーニングに臨み日々切磋琢磨している。授業を終えると、学校からバスで1時間かけて鎌ヶ谷のグラウンドに移動。平日の練習開始は午後4時半ごろだ。甲子園への出場が決まったからといって、授業の早退は許されない。 冬は、午後5時には夜の闇が覆う。照明の高さは5メートルと低く、グラウンド一面を照らせないのでボールが見にくい。時間も限られているため、練習メニューは絞らざるを得ない。決して恵まれた環境とはいえない。だが、その分、選手には集中力を求めた、と森泉監督は言う。素早い移動や片付けなどの基本動作が、試合でのきびきびした動作につながるからだ。自ずと練習の密度も濃くなった。  体格に恵まれた選手がいるわけでない。レギュラー陣で身長が最も高いのは、177センチのエース大金真太郎投手(2年)。身長160センチ台の選手が4名もいて、その平均身長は170センチと小柄なチーム。長距離バッターもいない。そんなチームの持ち味は、鍛え抜かれた守備力と徹底したスモールベースボール。だから練習時間も8割が守備だという。  3月の学年末試験も乗り越えなくてはならない。長い冬を越えて、待っているのは本番の夢舞台。最高の春へ向かって、チームは進んでいる。都大会での優勝が決してフロックではなかったことを、全国の夢舞台で示して欲しい。

(文責 満岡貞太郎)