さちよ会

昭和34年卒業 商業科B組

既に10年前に私たちのクラス担任だった桜田四郎先生はお亡くなりになりましたが、このさちよ会は卒業後一度も欠かさずに毎年11月に開かれています。今年も去る11月13日(日)午後5時30分より東武レバントホテル24階のスカイツリーの見える創作料理「簾」にて開かれました。眺望の良いこのフロアーに16名が集まり飲むほどに楽しく歓談しました。当時のクラスメイト55名中既に故人は10名を数え、連絡の取れない者9名という状況です。既に古希は過ぎ来年の平成24年は6回目の歳男の72歳を迎える年齢となり、容貌も皆さん年相応になっています。しかし仕事ではまだ現役の人もいますし、ゴルフのドライバーで230ヤードを飛ばす人もいるので人間努力次第かなとも思います。只、多くは既にリタイヤ組で健康の話、孫の話、年金の話、毎日の時間の使い方等に話が盛り上がるのを見ていると我々の年代では無事・平和が一番かなと思います。我々の生まれた昭和15年当時は、戦争の足跡が間近に迫る年で皇紀・紀元2600年にあたり全国で提灯行列等が盛大に行われ、神武天皇を祭る橿原神宮に昭和天皇が行幸されており、多くの国民が同神宮に参拝された年でした。戦後の廃墟の中で育った我々は、多くの国民と同じように生活の向上を求めて一生懸命に働き何とか生活の安定を得ることができたのではないかと思います。今の若者はと言うと語弊がありますが、平和に慣れて意欲に欠けるところがあると思うのは私だけではないと思います。学校教育の面でこれからは日本国内だけではなく、世界との競争という意味では意識改革が求められます。学園も平成25年(2013年)には創立90周年を迎えますが、当時の実業高校が完全な進学校に転換しつつある現状は一抹の寂しさがあるものの、世の中に有用な人材を送り出すという学園の創立者と仰ぐ安田善次郎翁の創立目的は変わらないので今後の学園の発展のためみんなで応援していきたいと考えています。

 (記・松村 正一)

古稀の祝い

昭和34年商業科B組卒業

岸浪 一正

古稀を迎えた仲間たち。

昭和34年に卒業して以来、毎年11月に開いているクラス会は52回目になりますが、今年は特別な思いで開催できたと思います。

それは、10年前、我々の還暦祝いに恩師桜田先生をお迎えして盛大に行い、その時に先生が歌った「武田節」、“人は石垣 人は城 情けは味方 仇は敵・・・”と、詩吟を交えて謡った印象は今でも鮮明に覚えています。その先生が、我々の還暦の祝いの翌年、平成13年4月に69歳の若さで亡くなったことです。

私たち高校1年生から3年生に亘る担任としてお世話になった桜田先生は、20代半ばで、しかも背伸びをしようとして大人になりきれない生徒を相手に、相当苦労された事と、何年もたった後、クラス会でお話しされた話しは、特に印象深く覚えています。 この時代の先生のことは、先生が亡くなられた翌年の平成14年5月の『安田学園同窓会会報・第72号』に詳しく『桜田先生を偲んで』ということで載せさせて頂きました。

その恩師桜田先生が古稀を待たずに亡くなられたその9年後、我々は70歳になり、こうして一堂に会し祝うことは、今にして、当時桜田先生から学業やスポーツ以上に仲間の絆の大切さを教えられ、52年の間毎年続けて来られた仲間の絆と、特に先生に導かれてきた教えに対して深く感謝しています。

さて、一昨年は『さちよ会』50周年をささやかに祝い、今年の古稀の祝いのクラス会は東武レバントホテルにて20名の参加を得て行われました。この席上会話が卒業18歳当時にタイムスリップしてしまうと、気の置けない当時の仲間に戻ってしまいます。

各自が話す心境や現状の報告に何の飾り気のない内容は、まだ続けている仕事の話し、孫が何人いる話し、趣味から自慢話しに発展する楽しい話し、大病して回復したり、治療中であったり、職人気質を大切にしている話し、地域ボランティアで貢献している話しから大きな組織の重責を担う地位で活躍している話し等など、それぞれの話しの中で、70歳という年齢まで培われてきた仕事の重さと経験の深さは、話しの端々にある一つ一つから、大切な重みのある人柄に代わり、古稀を迎え、外見は若くても歳相応に柔和な顔になり、それなりの苦労が沁み出ている穏やかさ、風貌がお互いに認め合う古稀の仲間に変わっているのです。

桜田先生は故人になり10年が過ぎようとしていますが、毎年のクラス会の席には『さちよ会』の名前の由来、先生の長女のさちよさん(故人)と共に同席し、一緒に酒を飲みながら話をしている、そんな気がしています。 

卒業当時54人いた仲間も何人かは若くして亡くなり、淋しくなりましたが、我々にとっては思い出話しに生きているクラスの仲間です。

まだまだ70歳からが本番と、これからの人生を謳歌し、また会う来年11月にはますます元気な自慢話を聞きたい、聞かせたいと思っています。

 

49回目のさちよ会

 

昭和34年3月卒業の翌年から数えて49回目のさちよ会が去る11月20日(金)午後6時30分から母校のそば第一ホテル両国の「東天紅」で開かれました。高校時代3年間の担任は故桜田四郎先生でしたが、まだ20代後半の熱血漢の先生でしたので、なかなか活気のあるクラスだったと思います。さちよ会は先生のお嬢様の名前をつけた会ですが、お嬢様が早世され大変落胆されたのを当時の悪ガキ連が葬儀等をとりしきったという話しも残っており、卒業後も同窓会がつづいているのはこういった影響もあるのではないかと考えています。

当時55名の生徒は、うち既に死亡10名、宛先不明も10名と多く当日の出席者は17名でした。桜田先生も古稀を直前にした69歳で亡くなり、今我々の年齢と同じなので、先生並びに10名のクラスメイトのご冥福をお祈りし、黙祷を捧げました。

毎年開いていると常連のメンバーは決っていますが、何年かぶりに参加するメンバーもおり、現役で頑張っている人は仕事の苦労話しや、リタイアしている人は日々の過し方のこと、そして健康のこと趣味のこと孫のこと等話しはつきず、来年11月の再会を約束しお開きとなりました。

☆出席者:伊東、石山、大畑、柴田、白子、鈴木(敬)、関口、田島、谷山、内藤、根村、細谷、本間、松村、三浦、揚井、渡辺(家)

以上17

(記: 松村正一)